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愛媛県よりインテリアの勉強のため、岐阜の短大へ進学。現在、広告代理店に勤務。
この春より営業企画部・副リーダーとして責任ある立場に立ち、スタッフを纏めています。一方、家庭では1児の良きママさんとして、毎日、元気ハツラツで頑張ってみえます。周りを和ませ、楽しくさせる雰囲気をもった笑顔の似合う女性です。

地域も企業も「人」がつくるもの。どんな人がいるのかで、地域も企業もカラーが変わります。そんな「人」に焦点を当て、「人を育成する」という取り組みで企業と地域に貢献している、テムスト株式会社の森哲也さんにお話をうかがいました。

「Iターン体験者」のインタビュー、2回目の今回はソフトピアのセンタービルに拠点を構える「株式会社セーバ」の代表取締役、吉田裕輔さんです。東京を離れるにあたって「どこに行くかを徹底的にリサーチした」という吉田さん。そんな吉田さんにとっての岐阜の魅力はどんなところにあるのか、詳しくお話をうかがってみたいと思います。

今回と次回は「Iターン体験者」のインタビューをお届けします。岐阜出身ではない人が岐阜で活躍する姿から、また違った岐阜での暮らしが見えてきます。今回は、ロックバンド「KIOMI&FUKUJUSO」(大垣市の株式会社オーバーレコード所属)のベーシスト、そして各種イベントの企画を担当していらっしゃる、福谷秀明さんにお話をうかがいました。

来年度卒業の学生さんたちの就職活動が本格化してきた今日この頃。今回のインタビューは、2年前に新卒Uターンで各務原市の株式会社佐々木製作所に就職した渡邊真史さんです。渡邊さんが2年前に体験したUターンのいきさつや当時の気持ち、また帰って来た時に感じたものについて、率直にお話しいただきました。

看板もなく、うっかり通り過ぎてしまうくらい主張しない店構えの美容院「オーガニックヘアiin(イイン)」。でもそこにはオーナーの「美」への思いを基礎にした、興味深い独自のこだわりがありました。
温和でナチュラルなキャラクターのiinオーナー永田宏さんに、Uターン開業ストーリーをおうかがいしました。

大通りから奥に入ったところにあるリサイクルショップ。大通りだけを歩いていたらきっと気づかない場所に、生き生きしながら働くUターン岐阜人を見つけました。岐阜が嫌いで岐阜を出た中村純一さん。その中村さんのUターン後の奮闘ぶりと、これからの展望をお伺いしました。

たまたま転勤で来た岐阜に魅せられ、岐阜で暮らすために転職を決意。ソフトビアジャパンの情報化支援室でプロジェクトマネージャーとして活躍しながら、プライヴェート「GIFU」ライフも満喫している茂木邦基さんが、岐阜出身者とはひと味違った切り口から岐阜の魅力を存分に語ってくださいました。

学校推薦の進学で上京、就職した企業の事業不振で帰郷。「逃げ帰ってきたようなUターン」と笑いつつ、自身の経歴を話す表情にはネガティブのかけらもありません。岐阜市内のリフォーム会社で事業部長を務めている松原さとしさんに、東京での生活と現在のお仕事についてうかがいました。
大阪で会社役員・オペラ歌手から大垣市で会社勤務
| Before(大阪) | After(大垣市) | |
|---|---|---|
| 収入 | オペラ歌手として、また会社役員としての報酬があった。 | 収入は減ったが、岐阜で人や団体との新しい出会いがあったので、給料が減ることを主眼に置かなくて良かったと思っている。 |
| 労働時間 | 朝から夜2〜3時頃まで仕事をしていた。 | 朝9時から夜8時半まで。勤務時間が決まっている。(休憩がしっかりある。) |
| 職場環境 | オペラ歌手として、また好きな音楽関係のプロデューサーとして働いていた。 | 仕事は順調。みんながやりたいことに協力してくれる。上司・部下に恵まれている。 |
| 余暇 | プロデューサーだったので、余暇と仕事の時間の明確な線引きがない。常に仕事のことを考えて活かせるものをインプットしている。 | 余暇は合唱をしたり子ども達と歌をうたったり、音楽を趣味として楽しんでいる。 |
第12回 マジオドライビングスクール大垣 堀田栄作さん

転職をし、住んでいるところを離れるということは、今まで持っていた人と人とのネットワークが一時的にせよ、途切れてしまう可能性があるかもしれません。しかし逆に、思い切ってU・Iターンすることで、発見するものもあるかもしれません。今回の取材では、覚悟を決めて新しい環境に飛びこんだからこそ発見出来たこと、現在の活動を10年後どのように発展させていきたいか、前職のスキルが現在の仕事にどのように活きているのかについて、転職して5ヶ月(2007年7月現在)、大垣市のマジオドライビングスクール大垣にて営業企画に携わる堀田さんに伺いました。
第11回 株式会社岐阜新聞社 堤 洋介さん

一生東京で暮らすとは考えていなくて、いつか地元で腰を落ち着けて生活がしたい。そういった方もいらっしゃるのではないでしょうか。今回は、東京の制作プロダクションから、20 代で岐阜市にUターン就職をされた岐阜新聞社の堤さんに取材をしました。堤さんは東京で暮らしているときも、故郷の情報を得るために、よく岐阜新聞のHP を見られていたそうです。岐阜新聞社で働きたいとUターンをされた経緯、そして現在のお仕事について、お話を伺いました。
東京での会社勤務から、岐阜市へUターン
| Before(東京) | After(岐阜市) | |
|---|---|---|
| 収入 | 野球選手みたいに給料が年俸制だった。残業代はつかない。 | ベースはそれほど変わらないが、新聞社の場合、賞与等が出るので、その分前職より良い。 |
| 支出 | 東京での生活に必要な支出をした。 | 生活費は下がった。 |
| 労働時間 | かなり遅くまで働いていた。徹夜することもあった。 | 入稿日に近くなると遅くまで働く。日によるが、だいたい夜の10時か11時くらいの間には帰る。 |
| 職場環境 | 暖かい雰囲気だった。 | 岐阜に戻ってきたということで、安心できる。もともと自分が岐阜で育ったというのもあり、地元の温かみなど、慣れ親しんだ雰囲気がある。 |
| お酒 | 東京だと電車があるので、飲んでも帰れる。始発を待って帰るということも出来た。 | 岐阜だと飲んだらタクシー又は代行でないと帰れない。 |
| 移動手段 | 電車など。 | 車がないと移動が不便。買い物も不便。 |
| 余暇 | 中央線沿線が大好きで、吉祥寺、中野、新宿、荻窪、阿佐ヶ谷で休日を過ごしていた。土日も夜までずっと外出して、中古のCDや古本、雑貨、古着などを見て回り、充実していた。 | 本を読んだり、ビデオ借りて映画をみたり、ドライブをして過ごす。 |
第10回 美容室「楽髪(らっぱ)」経営 吉田理奈さん

人と違うことをするとき、周囲の反対があるかもしれません。新しい土地に行く時には、仕事は見つかるのか、住むところはどうするのか、心配ごとも増えます。今回取材をさせて頂いた吉田さんは、スノーボードに打ち込み、北海道へ、そしてカナダへ渡った女性です。美容師の資格を持っていたから、どこででも仕事をすることが出来た、という吉田さん。新しい環境に飛び込む際に、不安はなかったのか、また、どのように状況を切り拓かれたのか。吉田さんが故郷美濃市で美容院を開くまでの軌跡を伺ってきました。
第9回 タシロデザイン グラフィックデザイナー 田代智亜紀さん

都会での暮らし方、地域での作法。双方、違う部分もあるかもしれません。でも町の人と繋がりを持ち仕事をする中で、その土地の常識やルールを身に付けることは、避けては通れないことなのかも。Iターンをする場合に、新しい土地でも自然体で仕事や生活をするには、どうしたらいいんでしょうか。今回は、東京でお仕事をされていたデザイナー田代さんが、たまたま縁あって住むことになった美濃市で、地域の作法に寄り添い、また逆に自分のやり方を町の人に伝えながら、お仕事をされている様子について、お話を伺ってきました。
東京での会社勤務から、美濃市でデザイン事務所経営
| Before(東京) | After(美濃市) | |
|---|---|---|
| 収入 | 広告代理店に勤め、デザイナーとして月給をもらっていた。 | 定期的な収入は落ちたが、デザイン事務所の経営で生活するのには困らない。 |
| 支出 | 欲しいものが多くなるので支出は膨らむ傾向がある。 | 持ち家なので住居費はかからない |
| 情報量 | アシスタント時代、一冊の本を見つけるために何軒も本屋を回ったことも。情報が多くても、目当てのものを見つけるのは大変だった。 | 今はインターネットがあるので、注文すれば何でも届く。情報量の差による不便は感じない。昔の東京よりも便利かもしれない。 |
| 労働時間 | 平日は夜中まで働いていた。 | 5〜6時ごろにパソコンを切る。遊ばなきゃ、仕事しなきゃ、という急く気持ちがなくなった。 |
| 働き方 | 分業がされた中で働いていた。 | 全部自分でやらないといけない。フリーペーパーの製作でいうと、営業、取材、撮影など。 |
| 手がけた 仕事への反応 |
マスコミに取り上げられるような広告を手がけた場合でない限り、1週間掲載をして、見た人から感想を聞くこともなく終わる。 | 製作したポスターやフリーペーパーを見た人が、直接感想を言ってくれる。 |
| 余暇 | カヌーをするために、朝5時起きで3〜 4時間かけ川に行っていた。帰りは夜中になった。 | 20分もあればカヌーの出来る川に行くことが出来る。 |
| ご近所 づきあい |
他人に干渉しない。それが心地良いときも、不便なときもある。 | 地域の人がよく見ていてビックリ!3日間車がないと旅行だったのかと聞かれる。窓のブラインドが壊れている時に、お隣さんから直しなさいと言われたことも。 |
名古屋で美容技術を学んだのち、美濃市で美容室経営
| Before(名古屋) | After(美濃市) | |
|---|---|---|
| 収入 | 美容師として雇われていたので、低い。 | 自分で経営をしているため、前職場より何倍もよい。 |
| 労働時間 | 現在と同水準 | 前職場と同水準 |
| 余暇 | 休日の度に美濃市に帰っていた。花火をすると怒られる。バーベキューをするのにお金がいる。 | 趣味のアウトドアをする環境がある。バーベキュー、川遊び、カヌー、ラフティング、温泉、スノーボード、バイク、旅行など。 |
| 仕事と余暇の割合 | 9:1 | 9:1 |
| 地域とのつながり | 隣に誰が住んでいるか知らない。干渉されない。 | 町の人が差し入れをくれたりするなど、皆が美容室を見に来てくれる。 |
第八回 株式会社アパックス 小縣孝志さん

Uターンしたいけど仕事が見つからないから踏ん切れない。でも、今の仕事をしていては地元での仕事を見つけるための時間がない・・・。多くのUターン希望者にはそんな悩みもあると思います。今回インタビューした小縣さんは、思い切って東京での仕事を辞め、故郷の東濃に帰ってからハローワークで今の職場を見つけた、『正当派』Uターン成功者です。グローカル企業インタビューでもご紹介した、株式会社アパックスへの入社1年目の小縣孝志さんに、Uターンに至った故郷への思い、Uターンの経緯を伺いました。
第七回 有限会社ジーアップ 代表取締役 柴田俊さん

岐阜に住む若者なら、誰もが一度は「こんなまちを出て都会に行きたい」なんて思うことがあるのではないでしょうか?今回お話いただいた柴田さんも、そうして故郷を一度離れ、しかし故あってUターン起業をされました。窯業が立ち並ぶ東濃にあってITベンチャーを興し、今再び家業でもある窯業、陶芸の文化に新しい価値を見出し始めた、有限会社ジーアップ代表取締役の柴田俊さんにインタビューします。
第六回 林業教育事業を準備中 前田真哉さん

故郷へのUターンを考える方はたくさんいらっしゃいますが、どうしたらふんぎりがつくのか分からない・・・。お金なのか仕事なのか・・・。今回取材させていただいた前田さんは、このギフノートをはじめ、U/Iターン支援に取り組む東京と岐阜の岐阜人コミュニティの中で「具体的に岐阜で動いている人の顔」が見えたときに、自分でも帰ってくる決心がついたとおっしゃってくださいました。どんどん岐阜での友達を作る、というのも、帰ってくるためのひとつのヒントかもしれません。現在Uターンするために月に2~3回は岐阜に帰り、着々と準備を進める前田真哉さんにお聞きしました。
川崎市での会社勤務から、岐阜市での絵本店経営
| Before(川崎市) | After(岐阜市) | |
|---|---|---|
| 収入 | 一般の大卒程度 | おこづかいはない |
| 支出 | 住居費が高い | 持ち家なので住居費はかからない |
| 子育て環境 | 自然環境はあった。子供を連れて行ける場所として緑地公園が近くに2カ所あった。 | 自分が子供の頃育ったので、子どもに色々伝えることができる。知らないところもたくさんあるけど。 |
| 移動手段 | 満員電車の通勤がイヤだった。もう2度とイヤだ。 | 家から飲み屋まで歩いて行ける。 |
| 地域との繋がり | ほとんど無い | 地域のまちづくりにも参加している。東京に比べ濃いけれど、自分はそんなに律儀に参加しているわけではないから、負担にはなっていない。 |
第五回 絵本と童話のお店 おおきな木 店主 杉山三四郎さん

岐阜市・伊奈波神社の参道沿いに、お母さんと子どもたちが集まる本屋さんがあります。絵本と童話のお店「おおきな木」では、絵本の販売だけでなく、子どもたちに向けての様々なワークショップや、お母さんに向けて「絵本講座」、また店長自身による「絵本ライブ」など、オリジナリティに溢れたプログラムで、県外からもお客さんが訪ねて来るほど。
店主は杉山三四郎さん。13年前にUターンして「おおきな木」をオープンさせた杉山さんに、Uターンして岐阜にこのお店を構えるまでのお話を伺いました。
| Before(川崎市) | After(大垣市) | |
|---|---|---|
| 収入 | 現在と同水準 | 前職場と同水準 |
| 支出 | 地代が入っているからか食料が微妙に高い | 食料費が7%程度安い。牛乳でも10円〜20円安い。酒代は減。 |
| 飲酒 | 飲ミュニケーションが好き。よく飲みに行く。 | 車社会で取り締まりも厳しい。会社帰りに飲めない。 |
| 子育て環境 | 公園が歩いてすぐの場所にたくさんあった。 | 公園が少ない。連れていく場所がない。自然は多くて良い。 |
| 通勤 | 会社まで片道1時間満員電車。 | 自宅から車で20分。 |
| 買い物 | 店に着くまで電車でも満員。車でも渋滞。 | 郊外型ショッピングセンターが充実。名古屋へも電車ですぐ。 |
| 仕事内容 | 現在とほぼ同じ | 前職場とほぼ同じ |
| 職場の雰囲気 | 現在とほぼ同じ | 前職場とほぼ同じ |
第四回 イビデン株式会社 システムエンジニア 坪井喜正さん

東京での経験を活かしたやりがいのある仕事は岐阜で見つけることができるのか?
東京で15年ものシステムエンジニアとして経験を積んで地元企業・イビデンに今年1月に転職をした坪井さんにどんなきっかけでUターンをすることになったのか、どうやって仕事を見つけたのかなどについてお話を伺いました。
雪国・富山市から岐阜市へUターン
| Before (富山市 サービスエンジニア) |
After (岐阜市 サービスエンジニア) |
|
|---|---|---|
| 収入 | 残業代がかなり大きかった | ベースの給料に変化はないが、残業がほとんどなくなったため月4万円程度減 |
| 支出 | 一人暮らしでほぼ全て外食、食費がかかった。 | 実家のためかなり減った |
| 通勤 | 社員寮から会社自転車で15分 | 転職後は自宅から車と電車で50分 |
| 仕事内容 | 機械のメンテナンス(仕事範囲が富山県内全域) | 機械のメンテナンス(仕事範囲が日本全国と海外も、出張が多い) |
| 労働時間 | 週5日+イレギュラーな出勤と残業(平均月40時間) | 週5日8:50〜17:20 残業はほとんどない |
| 仕事相手 | 大企業が相手、担当者としか話さない。 | 地域の中小の経営者が相手。 |
| 余暇 | 休日は全て自分の趣味に費やしていた。 | まちづくり団体に参加。そちらも忙しいが充実した休日の過ごし方をしている。 |
| 野球 | 富山にいたときは周りに中日ファンがおらず、浮いていた。 | 周りもみんな中日ファン。 |
| 雪 | 冬は車がないと外に出られない。豪雪。 | 10センチ降ったら大騒ぎ。 |
第三回 日本イベント企画 矢野純子さん

岐阜と東京は遠いのでしょうか?一旦東京に出たら二度と帰らないとか、岐阜に住むと決めたらテコでも動かないとか、なんだかそういう考え方は定着しているように思います。今回インタビューしたのは、「東京」「岐阜」という垣根を簡単に飛び越えられた矢野さんという方です。なぜ、矢野さんにとって垣根は低いのか?その秘密を探りました。
第二回 銀行勤務 岩佐健太郎さん

故郷の好きだったものが変わっていく、失われていく、廃れていく。外に出て、故郷の良さが分かるのと同じくらい問題も見えてきますが、(インタビュアーも含め)多くの人がなすすべのないまま、帰郷のたびに嘆いています。今回は、大好きな「長良川」を大切にするためUターンした銀行マンにインタビューをしました。
第一回 オーガニックレストラン『sun's son a material』オーナーシェフ 青木真一さん

「岐阜に帰ったら、プロとして最高の仕事をできないのではないか?求められないのではないか?」
東京の各業界の第一線で仕事をしている人にとって、あるいはそこを目指している人にとって、仕事の質へのこだわりとプライドが、岐阜では貫けないのではないかという心配は大きいのではないでしょうか。今回は、東京で第一線の料理人として活躍した後、プライベートな理由で岐阜に帰ってきた青木さんに、岐阜で「あたりまえ」のこだわりを貫く秘訣をインタビューしました。
【旧連載】第九回 プランニング・ディレクター、プロデューサー、ライター 古田菜穂子さん

「生まれた場所、育んだ場所が自分の体を構成している。」そう仰るのは、映画、出版、広告と多方面のお仕事をされながらも、高校時代から絶えず岐阜を中心 にアートや文化を切り口にしたプロジェクトを仕掛けてこられた古田菜穂子さん。それぞれのプロジェクトはみな、彼女自身のルーツと、深いところで繋がって いるようです。今回の岐阜発!仕掛人は岐阜という土地でしかできないことにこだわり続ける、プランニング・ディレクター古田菜穂子さんです。
【旧連載】第十一回:大手文房具会社勤務 横田哲也さん

生活している場所が違っても、故郷が好きで友達もいる。だからちょくちょく帰ってきて、その度に岐阜のために何かできないかと考えている。・・・今回はそんな人のために、横田哲也さんを御紹介します。
【旧連載】第10回 アトリエ・ドゥ・シュークル オーナー 山田由加子さん

Uターンをすることになった自分をちょっと想像してみてください。それも自らの意思ではない場合を、です。東京でしか出会えない出来事やキャリアを夢見て上京したのに、突然帰ることになった自分。東京で夢見たことを成し遂げられないまま、モノも情報も少ないこの地で埋もれてしまうのではないか・・・。今回は、そんな不安や焦りを体験したフードコーディネーターで、製菓・料理教室を主宰する山田由加子さんにお話を伺いました。
【旧連載】第九回 ペット美容ホテル テディと梅 オーナー 吉村和美さん

【旧連載】第八回 十八楼 若女将 伊藤知子さん

伝統ある岐阜のホテル、十八楼の若女将、伊藤知子さん。ホテルの仕事をしっかりこなしながら、町作りにも積極的に取り組む若女将とはどんな人なのでしょうか?
【旧連載】第七回 高井会計事務所 勝山義広さん

岐阜をなんとかしたい、岐阜を活性化させたい。そんな強い思いを抱いてUターンした先輩をご紹介します。実際にUターンまでしてしまう勝山義弘さんの行動力・実践力はどこから来るものなのか、その秘密を探ります。
【旧連載】第六回 やおき工業株式会社 企画室長 木村優さん

大学進学を機に上京。しかし夢だったデザイン関係の仕事への転職をきっかけに地元の刃物会社にUターン。現在は家族4人+1頭とともに充実した日々を送る木村さん(写真は愛犬のプリン)。今回は「今でも東京は好き。でも岐阜に帰ってきてよかった」と話す木村さんにUターンに対する考え方などをお聞きしました。
【旧連載】第五回 SUNAOカフェオーナー 藤村良弘さん

デザイナーを目指して上京した藤村さん。独立し、自分でお金を稼げる自信もついた頃からUターンを本格的に考え始めたという。その理由は「子供を育てるなら岐阜だから」。 SUNAOカフェの有機野菜ランチは、野菜本来の味を生かした豊かな味がする。有機野菜にたどり着いた藤村さんの生き方や考え方を伺いました。
【旧連載】第四回 岐阜新聞東京支社 勤務 久松孝志さん

大学進学と同時に上京した久松さん。その当時から岐阜へのUターンを考えていたという。仕事よりも生きることを考えたら、岐阜が一番居心地が良いからと。そんな久松さんは今年10月から転勤で再び東京に。一度岐阜に戻ってから再度東京で生活することになった、久松さんに岐阜と東京での生活について語っていただきました。
【旧連載】第三回(番外編) スポーツクラブNPO「FC10min」 選抜チーム監督 城田達也さん

いちど岐阜を出て生活して、今、戻ってきている人。そんな人の視点から、新しい岐阜を見つけようとしてきたこの連載。今回は、番外編として、県外から岐阜にやってきて骨を埋めようとしている方に焦点を当てました。市民によるスポーツクラブNPO、「FC10min(エフシーテンミニッツ)」の城田さん。スポーツと地域にかける思いを語っていただきました。
【旧連載】第二回 Nesian(ネシアン) 大野宏美さん

今回は、ケータリングや屋台などでアジア料理・中国茶を提供している “Nesian(ネシアン)”の大野宏美さんに話をうかがいました。
【旧連載】第一回 篠田桃紅美術空間 学芸員 中島寛恵さん

加納高校美術科から、多摩美術大学に進学。日本画を学び、学芸員として岐阜に帰ってきた。自分の中のギフDNAは、東京に行かなかったら気がつかなかったと彼女は言う。